紙袋日誌.com

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舞台坂の向こうへ

あの坂に行けば、希望は見つかる。

店長が転調した。

去年の冬だっただろうか。僕はお金に困っていて早急にアルバイトをしなければいけなくなった。友達に「店長が可愛いからおすすめ!」って言われたからこのコンビニを選んだのだが正直不安だった。でも今は、、、。

 

「ほら!もっと笑って!笑顔で接客しなきゃだめよ!」

 

「(にこっ)」

 

「はいよくできました!」

 

相変わらず店長は元気いっぱいだ。この店は店長がいなければ成り立たないだろうことは新米の僕でもわかった。しかもすごく厳しい、最初は本当に嫌だった。

 

「ねぇ!ここ手伝って!」

 

「あ、はい!」

 

今日も忙しい。っていうかこのコンビニは不思議なほどお客さんが来る。まるでアイドルの握手会のように。

 

(あれ?クレジットカードってどう対応すればいいんだっけ、、、店長、、、そういえば店長の名前ってわからないかも、、あとで聞こっと)

 

 

今日のバイトもあと少しで終了。お客さんも全然来なくなっていたから僕は店長に聞いてみた。

 

「店長!店長の名前教えてもらってもいいですか?」

 

「ん?私?私の名前は生田、、名前は秘密!笑」

 

「あ、生田なんですね!今度から生田店長って呼びます!」

 

「なんだか照れるなぁ~笑」

 

この時の店長はこの上なく可愛かった。いや、正確に言えばいつも可愛い。暇あればいつも歌っているが、その歌声は天下一品だし、若いのに店長をしているのだから尊敬する。ただ、コンビニの揚げ物のときは酷かった。パン粉も何もついてないのに油の中に入れてたっけ。まぁあのときは僕が食べたんだけど、、、。

 

生田店長と初めて会ったとき、可愛いなって思った。でもバイト中はとても厳しいし、なかなか話しかけることもできないので、ただの「店長」って感じだった。時が流れるにつれ、僕は生田店長のことが気になっていったんだけど、このことは店長には内緒にしておいてね!でもそんな店長でも、、、

 

「いらっしゃいませ、、、」

 

真冬のある日のこと、なんだか店長の様子がおかしかった。悲しいことでもあったのだろうか。訳を聞こうとしたがそんなことをするのも申し訳ない。僕は普段通りアルバイトに励んだ。生田店長の声が響かないこの店はセミの抜け殻のようだった。しかも店長は早くあがるらしかったので、いつも以上に頑張らないといけなかった。

 

「ふ~今日も疲れた~」

 

アルバイトを終え、いつものように独り言をぶつぶつと言いながら家に向かっていた。

 

「ぐすん、、」

 

(ん?誰か泣いてる?もしかして幽霊、、、)

 

公園のほうから泣き声がした。恐る恐る近づいてみるとそこにはいつもと違う、「生田店長」の姿がそこにあった。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

僕はとっさに言葉を放っていた。

 

「あ、、、変なとこ見られちゃった、、、」

 

「生田店長らしくないですよ!元気だしてください!」

 

「だって、、、だって、、」

 

(なんだ。何が生田店長を泣かせているんだ。また揚げものミスったことを気にしてるのか?それとも僕を女の泣き声で呼び寄せて金でも奪い取ろうとしているのだろうか。)

 

僕の頭のなかはパニック状態だった。

 

「別れたの、、、。」

 

(わ、わかれた?もしかしてパピコをまとめて食べる予定だったのに2つに分かれちゃって泣いてるのか?!それとも割りばしが2つに割れちゃってネタを披露できないことを悲しんでるのか!(いやなんでここに若月ぃぃっぃ!))

 

「彼氏にフられたの、、、」

 

(振られた?バットをふ、、、くそぉこんなこと考える自分が憎い。ってか彼氏!?生田店長彼氏いたんだ、、。いや当たり前か、、、。)

 

僕は女の子には慣れていない。いくら相手が店長だからといって何もしないのは男としていかがなものか。でも、どうすればいいのかわからない。なんて声をかけたらいいのかわからない。

 

「抱いてほしい、、」

 

「え?(い、いまなんて、、)」

 

「ねぇ、抱いて?」

 

(だ、だ、だ、だい、だい、抱いてほしい???僕に???)

 

「で、でも、、」

 

(がばっ)

 

「え、、生田店長?、、、」

 

僕は生田店長と抱き合っていた。僕からではない、生田店長が抱き合ってきた。

 

「ねぇ、付き合って、、?」

 

僕は震えていた。彼女なんていたことがないのに、こんなにかわいい人から告白されるなんて。しかも抱き合ってるなんて。僕のあそ(自主規制)

 

寒い寒い公園の中。僕たちはただ抱き合っていた。「はい」とは答えていない。でも僕の答えは通じたようだ。夜に光る涙。抱き合うことの喜び。長い夜はまだまだ続いたのであった、、、、。

部屋にビーズが落ちている。

部屋にビーズが落ちている。

まるで大きな大きな宇宙の中に、ひっそりと輝く星のようにそれはそこにあった。たった一つのビーズが、冷えきった部屋のど真ん中にあった。

あまりにも可哀想なので僕は手を伸ばした。だってなんにもない部屋で1人ポツンといるんだもの。部屋から出してあげたかった。

「やめて!」

ビーズは叫んだ。

「私はこの部屋にいたいの。」

「ほかの誰とも関わりたくないの。」

「閉じこもってる方が幸せなの。」

まるでマシンガンのように言葉が襲ってくる。

「君は輝いている。外に出ないのはもったいない」

僕はビーズの言うことを無視してそう言った。

 

長年自然界にろ過された水のようにビーズは美しかった。1人でそこに存在してるビーズが強く、美しかった。原石でもなんでもない。本物の宝石のようだった。外に出ればあっという間に皆から愛されるだろう。外に出れば世界が変わるだろう。なのに、なのになぜビーズは外に出ようとしないのか。僕は不思議だった。

 

「怖いの、、、みんなの目が怖いの、、、」

5分の沈黙をビーズが打ち破った。

「怖い?みんな優しい人だよ」

「優しくなんかない」

「面白い人もたくさんいる」

「私の周りにはいない」

「なにより楽しいところだよ外は」

「ここにいるほうが楽しい」

「、、、そうか。なら一生そのままでいろ。一生独りでそこにいやがれ。誰とも交わらないこの部屋で死んでいけばいい。お前は宝石でもなんでもなかったな」

僕は暴言を吐いてその部屋を出ようとした。

「待って、、、」

「なんで、なんでそんなに私のことを心配してくれるの」

ビーズは泣きながら叫ぶ。

「だってもったいないだろ。君のような美しいものがこんな部屋で1人、、、ポツンと、、、。」

追うように僕は話す。

「たしかに酷い人もいる。バカにしてくる人もいる。悪口しか言えないような人もたくさんいる。そういうやつは大嫌いだ。でもな、そんなやつらのことをいちいち気にして自分を殺してるようなやつのほうがもっと嫌いだ。自分の可能性に気づけ。そして自分の可能性を信じろ。君はサイレントマジョリティーに成り下がるのか?もっと、もっと自分自身を好きでいてほしいんだ!」

 

僕は熱くなっていた。冷たい水をかけられても蒸発するくらいに。ビーズが何かを言おうとしていたが、僕は聞く前に帰った。恥ずかしかったのかもしれない。

 

それから5年の時が経った年の大晦日。僕はテレビを観ていた。ずっと、その一瞬を、待っていた。終わる頃には泣いていた。え?何を見ていたかって?

 

アイドルだよ。

正真正銘のアイドル。

だって、

だって「彼女」が出ていたんだから。

 

長靴に名前を。

「ねぇ!あなた長靴って言うのね!」

となりのトトロで似たような台詞を聞いたことがある。まさか僕がこんな台詞を吐くなんて。

 

あの日の僕は最悪だった。雪国に住んでいるにも関わらず靴はスニーカーでびしょびしょで、お気に入りの黒いズボンも水分を含んでいた。車のタイヤによって飛んでくる美しい軌道を描いた雪水が、僕を包み込むように降り掛かってくる。あの日は心も濡れていた。

 

ところでアルバイトで判子が必要なのだが、僕はいつも良い判子を使っていた。契約書に判子を押すわけでもないのに何故か良い判子を使っていた。今まではなんとも思っていなかったのだが、あの日は憎たらしかった。

「お前の居場所はここじゃないだろう」

そんなふうに嫉妬を含めながら思っていた。僕はいつの間にかホームセンターに向かっている。勿論、靴はスニーカーで濡れている。水分を含んで重くなっている。

「いらっしゃいませ〜」

聞きなれない声が店内に響く。あぁこれは僕へのファンファーレに違いない。だってこの大雪の中、スニーカーで歩いて来たのだから。そう考えると気持ちよかった。これ以上ないファンファーレだった。

 

判子を探して店内を三千里くらい歩いたのだが、なかなか見つからない。店員に聞けばすぐわかるのだろうが、僕はそんなことしない。探し物は自分で探し、見つけ出すものだ。つまらぬプライドが僕を縛っていた。

「ん?なんだこの長い靴は」

ふと目に付いた。何も意識していなかったのだが、どうやら僕はこの「長い靴」が見えるらしい。どう見ても靴だ。なのにキリンの首のように長い。面白かった。滑稽であるようにも見えた。僕はそれを買った。

 

判子を買いに来たはずなのに、買ったのは「長い靴」。店員さんが「履いてったら?」なんて言うものだから有無を言わず履いた。なんだかブカブカのような気がする。まるで実力の伴ってない僕が大きな夢を持っているかのように。コツコツと歩きだしたのだが、なんだかすごい。何がすごいかって?だって靴が濡れないんだ。雪水は弾いてくれるし、どんなに深い水たまりを歩いても濡れない。マリオに出てくるスターだった。

「僕は無敵状態ーー」

僕はこのスターを手に入れ舞い上がった。今までの苦労もこの「長い靴」が取り払ってくれた。雪道を歩くのが楽しくなった。僕は思わず聞いてしまった。

「君の名は?」

すると低い声で彼は答える。

「長靴だ」

な、長靴だと。そのまんまじゃないか。こんなにも僕を守ってくれた素晴らしい方なのに名前が長靴だと。ショックを受けた反動で思わず

「あなた、長靴って言うのね!」

と答えてしまった。どうやら僕の頭の中にはショックを受けるとジブリ台詞で答えてしまう癖があるらしい。

 

「長い靴」の名前が「長靴」。これはあまりにも酷なのではないか。雪水を弾き僕をこんなにも温めてくれたあの「スター」の名前が「長靴」って酷いではないか。「悲しくないのかい?」と聞きたかったのだがそんな勇気はなかった。「長靴」は「長靴」らしくそこに立っていた。

 

「そうだ、名前を付けてあげればいい」

たしかに名前は長靴だが、ニックネームというものがこの世には存在する。ならニックネームを付けてあげれば良いことの話だ。そのニックネームを名前に置き換えしまっても問題はないだろう。名前を付けるときはたいそう悩むものだと思っていたが、刹那に決まった。

「田村麻呂」

そう、この長靴の名前は「田村麻呂」である。

坂上田村麻呂から名前をお借りした。どうやら僕は何か考える時、ジブリのタイトルを思い浮かべてしまう癖があるらしい。「崖の上のポニョ」が頭の中にパッと浮かんだ。それと同時に「坂の上の田村麻呂」が急に出てきた。だから「田村麻呂」だ。あの「スター」の名前はこれから「田村麻呂」だ。かっこいい。かっこよすぎる。我ながらセンスがあると思う。それ以来、冬の間は田村麻呂と共に行動をしている。アルバイトに行く時も田村麻呂と一緒だ。

 

NHKの教育テレビ「おかあさんといっしょ」ではなく「田村麻呂といっしょ」なら良いのになぁ。と思いながら、これにてこの物語を閉じようと思う。

 

さぁ君のその「長い靴」に今すぐ名前を付けよう。「長靴に名前を」、いい響きだ。