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舞台坂の向こうへ

あの坂に行けば、希望は見つかる。

長靴に名前を。

「ねぇ!あなた長靴って言うのね!」

となりのトトロで似たような台詞を聞いたことがある。まさか僕がこんな台詞を吐くなんて。

 

あの日の僕は最悪だった。雪国に住んでいるにも関わらず靴はスニーカーでびしょびしょで、お気に入りの黒いズボンも水分を含んでいた。車のタイヤによって飛んでくる美しい軌道を描いた雪水が、僕を包み込むように降り掛かってくる。あの日は心も濡れていた。

 

ところでアルバイトで判子が必要なのだが、僕はいつも良い判子を使っていた。契約書に判子を押すわけでもないのに何故か良い判子を使っていた。今まではなんとも思っていなかったのだが、あの日は憎たらしかった。

「お前の居場所はここじゃないだろう」

そんなふうに嫉妬を含めながら思っていた。僕はいつの間にかホームセンターに向かっている。勿論、靴はスニーカーで濡れている。水分を含んで重くなっている。

「いらっしゃいませ〜」

聞きなれない声が店内に響く。あぁこれは僕へのファンファーレに違いない。だってこの大雪の中、スニーカーで歩いて来たのだから。そう考えると気持ちよかった。これ以上ないファンファーレだった。

 

判子を探して店内を三千里くらい歩いたのだが、なかなか見つからない。店員に聞けばすぐわかるのだろうが、僕はそんなことしない。探し物は自分で探し、見つけ出すものだ。つまらぬプライドが僕を縛っていた。

「ん?なんだこの長い靴は」

ふと目に付いた。何も意識していなかったのだが、どうやら僕はこの「長い靴」が見えるらしい。どう見ても靴だ。なのにキリンの首のように長い。面白かった。滑稽であるようにも見えた。僕はそれを買った。

 

判子を買いに来たはずなのに、買ったのは「長い靴」。店員さんが「履いてったら?」なんて言うものだから有無を言わず履いた。なんだかブカブカのような気がする。まるで実力の伴ってない僕が大きな夢を持っているかのように。コツコツと歩きだしたのだが、なんだかすごい。何がすごいかって?だって靴が濡れないんだ。雪水は弾いてくれるし、どんなに深い水たまりを歩いても濡れない。マリオに出てくるスターだった。

「僕は無敵状態ーー」

僕はこのスターを手に入れ舞い上がった。今までの苦労もこの「長い靴」が取り払ってくれた。雪道を歩くのが楽しくなった。僕は思わず聞いてしまった。

「君の名は?」

すると低い声で彼は答える。

「長靴だ」

な、長靴だと。そのまんまじゃないか。こんなにも僕を守ってくれた素晴らしい方なのに名前が長靴だと。ショックを受けた反動で思わず

「あなた、長靴って言うのね!」

と答えてしまった。どうやら僕の頭の中にはショックを受けるとジブリ台詞で答えてしまう癖があるらしい。

 

「長い靴」の名前が「長靴」。これはあまりにも酷なのではないか。雪水を弾き僕をこんなにも温めてくれたあの「スター」の名前が「長靴」って酷いではないか。「悲しくないのかい?」と聞きたかったのだがそんな勇気はなかった。「長靴」は「長靴」らしくそこに立っていた。

 

「そうだ、名前を付けてあげればいい」

たしかに名前は長靴だが、ニックネームというものがこの世には存在する。ならニックネームを付けてあげれば良いことの話だ。そのニックネームを名前に置き換えしまっても問題はないだろう。名前を付けるときはたいそう悩むものだと思っていたが、刹那に決まった。

「田村麻呂」

そう、この長靴の名前は「田村麻呂」である。

坂上田村麻呂から名前をお借りした。どうやら僕は何か考える時、ジブリのタイトルを思い浮かべてしまう癖があるらしい。「崖の上のポニョ」が頭の中にパッと浮かんだ。それと同時に「坂の上の田村麻呂」が急に出てきた。だから「田村麻呂」だ。あの「スター」の名前はこれから「田村麻呂」だ。かっこいい。かっこよすぎる。我ながらセンスがあると思う。それ以来、冬の間は田村麻呂と共に行動をしている。アルバイトに行く時も田村麻呂と一緒だ。

 

NHKの教育テレビ「おかあさんといっしょ」ではなく「田村麻呂といっしょ」なら良いのになぁ。と思いながら、これにてこの物語を閉じようと思う。

 

さぁ君のその「長い靴」に今すぐ名前を付けよう。「長靴に名前を」、いい響きだ。